
現在、乳幼児教育においても対話的な教育が重要視されています。
初等教育では、個別最適な学びと、協働的な学びの2本柱です。その中では「対話的で深い学びを目的」としています。
ここで「対話」という方法に注目してみます。
お互いの意見を伝え、理解し合い、その状況などに応じた最適解を導き出すという意味では、非常に有効な教育方法だと思います。
だからこそ、保育の現場でもこども同士の対話を通した問題解決、遊びの展開などに用いられています。
果たしてこの対話という方法には、マイナス的な要素はないのでしょうか? あえてここでは可能性の1つとして推測してみます。
「今日はこの問題について、グループでそれぞれの意見を出し合い、1つの答えを発表してみましょう。グループの中で進行係と発表者だけを
決めて後は進めてください」 こんな授業があったと想定します・・・
活発な子は、「自分はこう考える、思う、でもその場合は、〇〇くんの考えはどうかな?・・・」と溢れんばかりの対話が生まれることでしょう。
一方で控えめな子、消極的な子は、「どう思うの?」「どう考える?」「ちゃんと言ってみて!」となかなか言えない場面を想像できますよね。(小学校時代は私はそんなタイプでした)
ここで考えたいのは、対話とは意見を言う、伝えるだけの手法ではなく、聞くことや納得することも対話であるということ! つまり意見を強要するような関わりは、
逆に委縮させる、またそのような場を拒絶させることにもつながる可能性もあるということです。
対話の場を作る私たち(保育者、教師)は、こども一人ひとりの特性なども理解したうえで行うことが、子ども一人ひとりの個別最適な学びにもなるのだと再確認する必要があるのかもしれませんね。
方法だけに頼らず、目的を意識していきたいと感じた理事長でした。