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コドモット通信~こどもと大人~

こどもと大人・・・ どちらも立派な人間であり、権利が保障される存在であることは間違いありません。

しかしどうでしょう?

(   )の環境が合わなければ、別の環境に変えることが必要

(   )の(   )時間は、ちゃんと守られるべきことである。

厳しすぎる言葉、過度な期待、能力を軽視するような関わり方は、〇〇ハラスメントとして位置付けられ、(    )の権利として守られている。

大人の場合は、

(大人が働く)環境が合わなければ、別の環境に変えることが必要⇒ そうですよね。

(大人)の(労働)時間は、ちゃんと守られるべきである。⇒ その通りです。

厳しすぎる言葉、過度な期待、能力を軽視するような関わりは、〇〇ハラスメントとして位置付けられ、(大人・働く者)の権利として守られている。⇒その通りです。

一方で、こどもの場合は、

(こどもの学校の)環境が合わなければ、別の環境に変えることが必要

⇒実際にはどうでしょう? まずは克服することを求められ、問題は家庭や個人として捉えられがちです。本来であれば、教育を受ける権利を保障するのであれば、環境は必ずしも学校で学ぶだけが唯一の正解ではないと考えます。

 

(こども)の(学習又は教育を受ける)時間は、ちゃんと守られるべきである。⇒ 本来は8時間ですが、朝の早朝補習や通常の授業、また部活や塾などがあれば、10時間を超える場合もあり得ることです。 学ぶ時間、地域や様々な人と関わる環境とのバランスが必要だと考えます。

 

厳しすぎる言葉、過度な期待、能力を軽視するような関わりは、〇〇ハラスメントとして位置付けられ、(こども)の権利として守られている。⇒こどもの場合はハラスメントという捉え方ではなく、不適切や虐待などで表現されます。 これについては大人もこどもも、同じ権利者として守られているということになるのではないでしょうか?

このように、大人だから! こどもだから!という捉え方ではなく、様々な心情を抱く同じ人間んだから!という捉え方で考えることも必要ではないでしょうか?

日本には義務教育というものがあります。 解釈としては、保護者が子どもに受けさせる義務を負うものです。しかしこれが子どもの思いを尊重せず、当たり前だから、義務だからと押し付けてしまうと、子どもの気持ちが軽視されてしまいます。

まずはこどもが教育を受ける権利を最優先し、場所や方法にこだわらず、居場所を作ることが求められている時代ではないでしょうか?

これからも考え続けていきたいと思います。  理事長

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